RESEARCH
◆ 北海道に生育する蛇紋岩植物の種分化機構
北海道を南北に縦走する蛇紋岩地帯には、過酷な「地質の島 Edaphic island」に適応した植物(蛇紋岩植物)をたくさん見ることができます。北海道の場合もそうですが、一般的に蛇紋岩地帯はパッチ状に分布し、それぞれ孤立しているために近縁種から隔離されて異所的に種分化が起こりやすいのです。これは海洋島で起こる種分化と似ていますが、海洋島が海で隔てられているのに対して、地質の島は森林が蛇紋岩植物の移動・分散を制限していると考えられています。第四紀の気候変動によって島が陸続きになるように(日本列島は過去に何度も大陸と陸続きになりました)、寒冷化に伴う森林の後退は地質の島に生きる植物の移動を促したかもしれませし、異所的に生育していた近縁種との二次的な接触を誘発したかもしれません。
私たちは、北海道の蛇紋岩地帯の南端と北端に隔離分布するサクラソウ属の姉妹種テシオコザクラとヒダカイワザクラ に注目し、集団遺伝解析と生態ニッチモデリングを用いて2種の種分化機構を復元しました。
解析の結果、生育環境も花の形態も全く異なる2種が約11万年前に分化したことが示唆されました。進化のタイムスケールとしては比較的最近の出来事と考えられます。さらに、集団動態モデルの解析からは、異所的に種分化が起きた後に二次的接触があったことが示唆されました。興味深いことに、その二次的接触が生じた年代は今から約2万年前の最後の氷河期(最終氷期)であることがわかりました。生態ニッチモデリングの結果からも、最終氷期の最も寒い時期に2種の分布好適地が重複していたことが示されました。これらの結果は、気候の寒冷化に伴う森林の後退が蛇紋岩植物の移動を促進し、遠く離れた祖先種との二次的接触をもたらした可能性を示唆しています。
なぜ2種が過去に遺伝子の交換をしながらも種の境界を維持することができたのかは推測の域を出ませんが、花形態の違いや蛇紋岩地への適応に関わる遺伝子が重要な役割を果たしたのではないかと考えています。
参考文献
- 山本将也(2021)岩に生える小さなサクラソウの分子生態学.植物地理・分類研究 69: 169-178.
- Yamamoto M, Takahashi D, Horita K, Setoguchi H (2020) Speciation and subsequent secondary contact in two edaphic endemic primroses driven by Pleistocene climatic oscillation. Heredity 124: 93-107
- Yamamoto M, Horita K, Takahashi D, Murai Y, Setoguchi H (2018) Floral morphology and pollinator fauna of sister species Primula takedana and P. hidakana in Hokkaido Island, Japan. Bulletin of the Natural Science Museum Series B 44: 97-103
- Yamamoto M, Ohtani M, Kurata K, Setoguchi H (2017) Contrasting evolutionary processes during Quaternary climatic changes and historical orogenies: a case study of the Japanese endemic primroses Primula sect. Reinii. Annals of Botany 120: 943-954
◆ サクラソウ属植物を対象とした保全生物学的研究
お花屋さんでよく目にする「サクラソウ」や「プリムローズ」と呼ばれるものは、サクラソウ属(Primula)の仲間に当たります。花が大きく可憐で、春には欠かせない園芸植物の一つですが、日本に自生するサクラソウの仲間のほとんどが絶滅危惧種に指定されています。各地域の個体群が衰退している要因は様々ですが、そのほとんどが自生地の破壊や盗掘であると考えられています。
私たちは、日本の中でもっとも絶滅の危機が迫っているチチブイワザクラ Primula reinii var. rhodotricha をはじめ、近縁種も含めた保全生物学的研究を展開しています。
分子マーカーを用いて遺伝的多様性を把握することはもちろんですが、交配実験を通して繁殖生態を解明すること等、持続的な保全活動の基盤となる情報の蓄積を目指しています。
チチブイワザクラの域外保全株(左)と唯一の自生地である武甲山(埼玉県)の山容(右)
参考文献
- Yamamoto M, Sugawara H, Fukushima K, Setoguchi H, Kurata K (2020) Genetic and reproductive characterization of distylous Primula reinii in the Hakone volcano, Japan: implication for conservation of the rare and endangered plant. Journal of Threatened Taxa 12: 17263-17275.
- 山本将也,平誠(2020)遺伝子解析に基づく両神山産コイワザクラ(サクラソウ科)の分類学的考察.埼玉県立自然の博物館研究報告 14: 11-16.
- Yamamoto M, Kurata K, Setoguchi H (2017) Conservation genetics of an ex situ population of Primula reinii var. rhodotricha, an endangered primrose endemic to Japan on a limestone mountain. Conservation Genetics 18: 1141-1150
- 山本将也,安井万奈,瀬戸口浩彰,倉田薫子(2013)絶滅危惧植物チチブイワザクラの保全:繁殖生態学的側面から.自然環境復元研究 6: 23-29
◆ 京都御苑固有植物カワセミソウ の進化的背景と繁殖生態
カワセミソウ Mazus quadriprotuberabs は2000年に新種として記載されたサギゴケ科の多年生草本です。日本には4種の Mazus 属の仲間がいますが、他種と比較してもカワセミソウの分布や花の形はとても変わっています。まず、カワセミソウが初めて発見されたのは京都御苑ですが、それ以外の場所ではいまだに見つかっていません。また、カワセミソウは長い筒状の花をもち上を向いて咲きますが(下図)、このような特徴は他の Mazus 属植物にはみられません。
分子系統解析を行ったところ、カワセミソウはサギゴケ Mazus miquelii と非常に近縁であることが示されました(葉緑体DNAでは一塩基の違いも見つかりませんでした)。このサギゴケは、都市部の公園などでもみられるごくごく普通の植物であり、御苑内でもこの2種はほとんど隣り合って生育しています。一般に、植物の場合は種間交雑が動物よりも起こりやすいので、 このように近縁な分類群同士が同所的に生育していることは、とても興味深い現象だと思います。
私たちはこのカワセミソウの進化的背景と繁殖生態を理解するために、交配実験・繁殖生態調査・集団遺伝解析を進めています。
Mazus 属の系統樹とカワセミソウの系統的位置
参考文献
- 山本将也(2020)京都御苑固有植物カワセミソウ(サギゴケ科)の系統的位置付け.兵庫教育大学研究紀要 56: 189-193
- Yamamoto M, Takahashi D, Yu CC, Setoguchi H (2020) Development and characterization of EST-SSR markers in creeping mazus (Mazus miquelii), and cross-amplification in five related species. Taiwania 65: 249-252